介護福祉士『ルドルフ』のつれづれブログ

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【介護】王将をめぐる戦い in 介護事業所

目次

将棋が強いお爺さん

10年ほど前のこと、私が勤める介護事業所に、とても将棋が強いお爺さんがいました

私もルールは知っていたので、よくお爺さんと指していました

私の実力については、身内とやったことがあるだけで、客観的な評価はよく分かりません

ですが、このお爺さんとは10局やって1回勝てるかどうか

それほど腕に差がありました

このお爺さんは、よく事業所の広間の、端っこのテーブルに座って、ぼんやりTVを眺めていることが多かったのを覚えています

一見、すごく強いなんて感じではない

穏やかな方でした

けれど、対局中の顔は羽生九段もかくやという鋭い表情をしているのです

情報提供書にあった「アルツハイマー型認知症」の文字が私には信じられないほどでした

介護スタッフ達の挑戦

そんなお爺さんに、私達はよく将棋盤を持って話しかけていました

将棋盤を見ると、ぼんやりしていた顔にさっと血色が差して輝くのです

「将棋を教えてくれませんか?」

定形的な誘い文句で、私達スタッフの挑戦が始まります

お爺さんは、とにかく強かった

他の将棋ができるスタッフでも歯が立ちません

勝率はだいたい私の場合と同じぐらい

けれど、私達の挑戦は「勝つこと」ではなかったのです

お爺さんは、じっと将棋盤を睨みつけて夢中になっています

その顔を見て、私は心の中で良しと頷きました

私達介護スタッフは計画に沿って高齢者のケアを行います

その計画のことをケアプランと言います

そして、私達のケアプランの目標は、お爺さんに楽しい時間を過ごしてもらうこと

(ケアプラン自体には別の書き方をしていたはずですが、当時の私の理解はそんな感じです)

私の勝負は、お爺さんがどれだけ時間を忘れていられるかにかかっています

その日一日夢中になって時間を忘れて、帰る頃に「あ、もうこんな時間か」と思ってもらうこと

それが私にとっての王将取りだったのです

しかし、

(マジかよ、認知症って誤診じゃね?)

お爺さんから鋭い指し手が入る度に、私はそんな風に心で呟いていました

こんな強いお爺さんに「長く」楽しんでもらうためには、将棋盤の上でも手が抜けません

適当に指していたら、あっという間に詰められて終わってしまうのですから

『王将』は誰の手に

私にとっての『王将取り』は、お爺さんに長く楽しい時間を過ごしてもらうこと

お爺さんにとっては、文字通りこちらの王将を詰めてしまうこと

私が勝つこととお爺さんが勝つことは、別に矛盾しないのですが、

私の場合、他の方のケアをしなければならないとか、急用が入ったとか、上手く行かないことも多々ありました

けれど、私がどうしようもない時は必ず他のスタッフがフォローしてくれました

将棋ができないスタッフさんも、お爺さんが好きな歌謡曲の話題を振ったり、一緒に歌ったり、あの手この手で楽しんでもらっていました

(というか、スタッフさん達も割りと楽しそうにしていました)

お爺さんも、勝ったり勝ったり時々負けたりしていましたが、将棋も歌謡曲も他のことも楽しんでいたようです

どうやら、私達は皆、日々『王将取り』を達成していたようです

将棋好きのお爺さん、再び

仕方のないことですが、高齢者の方が介護事業所を去ってしまうのは避けられません

病気だったり、家庭の事情だったり、突然亡くなるなんてこともあり得ます

将棋が強いお爺さんも、そうやって私がいる介護事業所を去っていきました

それから、将棋盤はレクリエーショングッズの山に埋もれていたのですが…最近になって、また使うことが増えました

将棋好きのお爺さんがまた、現れたからです

この方は活発な人で、昔はスポーツが好きだった様子

将棋は嗜む程度と本人は言っています

実力は確かに第一のお爺さんより強くはありません

ですが勝負が始まると、夢中になるのは第二のお爺さんも負けていません

彼が介護事業所を訪れる度に、私は将棋盤を引っ張り出し

「将棋を教えてくれませんか?」

お決まりの誘い文句で将棋を始めます

まだまだ、王将をめぐる戦いは終わらないようです