繰り返される「そういうものだ」というフレーズ
カート・ヴォネガット・ジュニアの『 タイタンの妖女』に続いて『スローターハウス5』をAudibleで聴きました
『タイタンの妖女』をAudibleで聴いた時の記事はこちら▼
文庫は以前読んだことがありましたが、当時はあまり印象に残っていなかったので、Audibleで再読しようと思ったためです
これは主に1945年2月のドレスデン爆撃 を中心に展開されるカート・ヴォネガットの半伝記的小説です
(とはいえ、 トラルファマドール星人の登場や主要人物ビリー・ピルグリムが時間の中を行き来するなどSF的な要素もあるので、完全に伝記的な小説でもない感じでしょうか)
この『スローターハウス5』は村上春樹氏も紹介したほど有名な作品なのですが、この中で繰り返し登場する
「そういうものだ」
というフレーズがやはり目立ちます
「 そういうものだ」は、死や哀しみ、どうしようもない顛末に添えられている言葉
中心人物であるビリー・ピルグリムはその中でもピエロ的に扱われる印象が強かったです
また、大部分がビルの視点で語られるため、引っ切り無しに時間移動している彼の視点に合わせて描かれる時間軸が変わっていきます
その分、戦争の描写自体が滑稽さを持っており、「そういうものだ」と一言で死や哀しみや、どうしようもない顛末をポンと受け止める助けになっているようでした
上手く言えないけれど…
そうやって戦争体験という重く忘れがたい記憶を、どんどん軽く薄めて行こうとしているのではないか?
その上で、時間に縛られない4次元的視点(この作品内で言う”トラルファマドール的な見方”)を持ち出すことで、私達が「そういうものだ」と片付けざるを得ない哀しみや寂しさに一定の救いを与えている( 与えようとしている)のではないか、と
そんな気がしたのです…上手く言えないのですが
現実感のある戦争体験を、深刻になりすぎない描写で表現出来たのは、正にヴォネガット節の威力ではないでしょうか?
そこにSF要素が加わり、その面白さでぐんぐん読み進めて( 私の場合は”聴き進めて”)しまいました
スローターハウス5の各ヴァージョンを紹介!
原作翻訳、カート・ヴォネガットの『 スローターハウス5』はこちら▼
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そして…
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