介護福祉士『ルドルフ』のつれづれブログ

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【介護】認知症ケアの研修を受けて

ごく、個人的な感慨の話を書きたい

本当に思ったこと、感じたことを

構成も山場もへったくれもなくぶつける文章を書く1

認知症ケアの研修

先日、私は事業所からの案内で認知症の研修を受けることになった

内容は、介護士向けだが、どちらかというと仕事を始めて2,3年ぐらいの人を対象にしたものだった

私は10年程度この仕事をしていて、

同じような研修を何度も受けて来た

だから、本来ならもう少し勤務年数が少ないスタッフに回すのが筋だったのだが…

今回は他の事業所と合同で行うもので

うちの事業所からも何人か、決まった日に出る必要があった

まあ、つまりその日に手が空いていたのは私を含めてそれだけしかいなかったわけだ

私は多少の面倒臭さを感じながらも、その場でOKと応えた

で、約1時間の短いZOOM研修を受けたのだが、想像以上に得るものがあった

そのことを、簡単にここに書いておきたい

認知症の高齢者に対して、私達介護士はできるだけ焦りや不安を取り除こうと意識して接している

けれど、どうして?と聞かれて、明確に解答できる人はどれだけいるだろうか?

只の同情だろうか?

それともお客様だから?

仕事だからと言い換えても良い

私は、今まで恥ずかしながらこのように何処かで考えていた

眼の前にいる人は、病気だから

可哀想な人だからと

だけど、そうではないのだ

確かに病気ではあるが、断じて可哀想などではない

憐れむべき人達ではないのだ

彼らにはまだ、残った能力がいっぱいあって、それを活用することができるんだから

包丁の扱いが上手かったり、編み物が上手だったり、もしくは以前書いた将棋が強いお爺さんみたいな人もいる

【介護】王将をめぐる戦い in 介護事業所 - 介護福祉士『ルドルフ』のつれづれブログ

私達の仕事の1つは、彼らにそれを発揮してもらって、充実した生活を送ってもらうこともあるのだ

それは、わたしたちの業界では半ば共通認識になっている

だったら、何故焦りや不安を取り除く必要があるのか?

上に書いた以外の理由が、私の頭の中には無かった

で、答え合わせ

その答えは意外ではないが、はっきり断言されるとは思っていなかったことだった

それは、”認知症の進行を遅らせるため”だった

その理由は、こうだ

認知症は焦りや不安を感じるほど、より早く進行する

だから、私達は彼らの焦りや不安を、取り除かなければならない

それはまあ、分かる

焦りや不安が原因なら、除いてしまえばいい

理屈である

だが、私は次に言われたことに意外の念を感じた

私達が認知症の進行を遅らせるのは方法は大きく分けて2つある

1つは、認知症に効果のある薬を使うこと

アリセプトやメマリーなどが有名

もう1つは、周りの人間との関わりだった

そして、この2つの割合は2対8

薬が2で、周囲の関わりが8割影響する

そうはっきりと話していた

これに、私は驚いた

実を言えば、そんな話は初めて聞いたし、研修の後で調べても同じように書いているものは見つけることができなかった

(たぶん、どこかにあるが、見つけ切れなかったのだろう)

確かに、周囲の関わりが、環境が与えるストレスが強く影響することは知っていた

そう書いてある本もサイトもいくつか見たことがある

けれど、それが薬と比較して8対2も差があるとは聞いたことがなかった

(ただの勉強不足かもしれない。10年もあれば、研究もメソッドも進歩する。私がロートルになっただけなのかも、それはともかく)

私がその話を聞いた時、本心からどのように思ったか、分かるだろうか?

疑った?

違和感を感じた?

いや、それよりもホッとしたのだ

私達が、いつもやって来たことは、無駄じゃなかったんだと

この仕事はきつかったり辛かったりするだけじゃない

やりがいを持って携われるものなんだと

胸を張っていいんだと

ストンと胃の腑に落ちたんだ

今までだって、私はこの介護という仕事に不満はなかったし、別に恥ずかしい仕事とも思ったことはなかった

ただ、世間ではそう受け取られていないことも知っていた

給料は低いし、肉体労働だし、医者や看護師に比べて専門職としても見劣りする

医者や看護師はありがたがられるが、介護士はふーんって感じだ

只、認知症の高齢者を相手する頭数が足りないから、「介護士」という名前をつけて格好をつけているだけの、どこの馬の骨とも分からない奴ら

よく、世間で年寄りに暴力を振るったと問題になっている(この連中は問題外だが)

実際、勉強といっても医者や看護師のように何年も勉強する必要もない

初任者研修(昔のヘルパー2級)を3ヶ月受ければテストを受ける必要もない、最低限の仕事はできてしまうし、何なら研修も受けなくても雇ってもらえるところもある

(勿論、実際に仕事を続けるには研修をやり過ごす程度の器用さでは続かないし、逆に資格を持っていなくても立派に仕事をしている人は大勢いる。私も何人か知っている)

それに、きついし汚いし危険だ

年寄りの糞尿を扱う必要があるし

夜勤も多くて、自由になる時間も少ない

身体介助は腰や膝を壊しやすい

正に3K労働の模範みたいだ

けれど、本当にやりがいがある

人生の先輩たちの、その人生の晩年に関われる

助けになれる仕事だと思っている

介護士の中には、器用に仕事ができたり、面白い特技を持っていたりして目立つ人優秀な人も多いが、

例えそうではなかったとしても、ただそこにいてくれるだけで、高齢者や介護士の仲間がどれだけ安心していられるか

上で書いた頭数がいてくれるというだけで

慢性的な人手不足の介護業界では

どれだけありがたいことか

私は、そんなどこの馬の骨とも分からない介護士達に助けられて仕事をしてきた

だから、この仕事を嫌いにはならなかったし、同僚を蔑んだこともない

彼らは、立派な仕事をしている人達なんだから

でも、それをどう現場の人以外に証明すればいいか、分からなかった

彼らは、頑張っているんです!なんて叫んでも

そんなのは、どの業界でも同じだ

この世の中で、頑張ってない人間なんているだろうか?

それは、仕事をしているかそうでないか以前に

生き物として生まれた苦しみの中で、皆が藻掻いて生きているからだ

極端に言えば、私達は皆、同じ穴のムジナだ

同じ苦しみの壺の中で蠢いている

まあ、そんな私の個人的な考えはともかく

認知症の高齢者と接する仕事に、彼らの病状を遅らせる確かな意味があると、これからは私も、はっきりと胸を張れる

それが分かったのが、心の底から嬉しかった

この文章は、只それだけを書きたかった

それだけです


  1. なので今から書くことは私の個人的所感であり、特定の個人や団体を貶める意図はない